光の中の影、翳(かげ)の中の光

ある日わたしは、ちょっと投げやりかもしれないけどおもしろい冗談のつもりで、あることをその人に言った。それは結果として、その人をとても深く傷つけた。その人の様子と言葉から、自分がひどいことをしたと私は気づいて、とても大きな衝撃を受けた。心に亀裂が走ったと言ってもいい。

人は傷つくことによっても変わる。そんなに悪い意味では「変わる」と言わないのかもしれないけど、変化は変化だ。だけど、自分が人を傷つけたと知ることによっても変わる。それが、わたしのIncubationだったのだと思う。

それまでのわたしは自分の想像と現実との区別がついていないところがあった。
もうずいぶん昔のことであまり覚えていないけど、自分が思ったり考えたりすることは、きっとほかの人もそう思ったり考えるだろう、と思っていた。たとえば、わたしなんてみにくくて嫌い=ほかの人だってそう思うに違いない、なんてふうに。

わたしが発した冗談で、ひどく傷つくようなバックグラウンドをその人が持っていたことを、そのときまで知らなかった。正確には、今もその人は表沙汰にしていないんじゃないかと思う(音信が途絶えて久しいので今のことは知らないけど)。

だからわたしは、そんなことは知らなかったし悪気もなかったと反論することもできた。もしかしたら、傷つくほうが悪いと居直ることだってできたかもしれない。
でもわたしがしたことは、心の底から謝ることだった。大好きな人を、面白いつもりの冗談で傷つけてしまった、それは決してしてはいけないことだと思ったからだ。

時間が経って、冷静にふり返ると、わたしはたくさんの間違いをその人との関係の中でしてきた。正しさの定義は知らないけど、その人のためを思って言うべきだった言葉は、関係が終わってからわかった。

「どんな事情があるにせよ、あなたがしたことは許さない」

そう毅然と伝えていれば、恋人になることはなくても、お互いの関係はもっと健康だったかもしれない。
でも、そうできる私ではなかったし、相手はずっと年上の弁が立つ人で、私に勝ち目はなかった。いちばんの間違いは恋愛関係になったことだった。

わたしはその人と関わる中で、たくさんのことを知った。

自分がそれまで過去と感情を切り捨てて生き延びてきたこと。
想像と現実は違うこと。
思ったり考えたりすることは人によって違うから、自分のそれは言葉にして伝えないと人にはわからないということ。
自分にもできることがあるということ。

──文字にすれば当たり前かもしれないそんなことを、わたしはそれまで自分のこととしては知らずに生きていた。
それらを知ることは、痛みと淋しさを伴った。自分がたくさんのものを欠いたまま生きてきたこと、それを知った以上は変わらずにはいられないこと、その影響は周りの人たちにも及ぶこと、その結果として同じ場所にはいられなくなったこと……そんな痛みであり淋しさだった。

「人を愛するには傷ついたり傷つけることも必要」なんて、モラルハラスメントを認めるようなことを言いたいんじゃない。わたしとその人の関係は、今思えばとても歪んでいて、不健康だったのだから。

現実はそう簡単に白黒つけられるものではない。
「あの人とつきあったことは失敗でした。もうしません。以上。はい次!」なんて姿勢だと反省したことにはならなくて、また同じことの繰り返しになってしまう。

光の中に影が、翳(かげ)の中に光があるように、失敗と決めつけたくなる出来事の中にもいい側面があり、成功の中にもうまく行かなかったり反省した方がいい点がきっとあるものだろう。

苦い結末に終わったときは、どれだけいい面と悪い面の両方を見て、つかむものをつかんで、立ち上がれるかの勝負だと考えている。そして、次は健康な恋愛がしたいなぁと思うのだった。

Writer's Profile

Touko
本を読んで自分でもごそごそやってみるのが好き。豆本やZINE、手作りパンから本棚まで、作ったものは数知れず。夢は本を書いて出版することです。