フェミニストなビヨンセも知らない私たちの悩み

数年前から日本のいくつかのファッション誌がビヨンセやエマ・ワトソンをはじめとする、海外の女性ミュージシャンや女優のフェミニストとしての発言を引用するようになった。女性であることを理由に不当な扱いを受けるのはおかしい。女性は自分の意見を主張しない方が良い、怒らない方が良いなんて考え方はおかしいと彼女たちはうたっていた。この考え方を知った時に私は学生で、すごく勇気づけられた。それからちょっと経って私は社会人になった。学生の時に私を勇気づけたはずだった海外のフェミニストたちzのメラメラした発言は、今のわたしを途方も無い気持ちにさせる。それはなんでだろう、、、?

社会人になってみると学生の頃は分からなかった、女性が軽視されている問題を目の当たりにしてしまう。友達と仕事の話をするようになると、セクハラを受けても何も抵抗できずにいる子がたくさんいることを知る。この事に対して私はすごく傷ついている。
あたりまえかもしれないけれど、海外のフェミニストたちによる女性軽視についての問題提起の内容は、日本でも共通する点とそうでない点がある。日本には日本特有の問題がある。遠い国のフェミニストたちはあんなに盛り上がっていてかっこいいのに、私たちの問題は何にも変わらない。私はそう思った時に途方も無い気持ちになる。
エマ・ワトソンが「日本の会社ではお茶を出すのは女の仕事なんです」と言ってくれればいいのに、ビヨンセが「日本には会社は昼のキャバクラだとでも思っている男がいるのよ!」と言ってくれればいいのに、と思うけどそんなことはどうやら無理らしい。

フェミニズムの入り口が、海外フェミニストたちの発言がきっかけになるのは良いことだと思うけれど、最終的には私たちが私たち自身の問題について話さなければいけないみたい。誰かの言葉の引用する事以上に、自分の問題について話す事は勇気がいる。日本のファッション誌では海外のフェミニストによる言葉の引用のみで、日本の女性軽視問題について扱うことは少ないけれど、探してみると日本でのこの問題について扱うウェブマガジンやコラムもいくつかあった。
日本では男性だけでなく、女性までもが女性が軽視されていることに気づいていないことが多いと思う。たとえそのことに気づいている女性同士がこの問題について話し合っても、「あなたの会社がそんなにひどい状況なら、私の環境はまだマシかも。だから我慢しなきゃ。」で終わってしまうことが私の周りでよくある。だけど不当な扱いを受けて私たちの時間を無駄にするなんて、もったいないと思う。

私はフェミニズムが一つのカルチャーとして広がることだけじゃなく、最終的に女性の働く環境がもっと良くなることを望んでいる。それなのに女性軽視問題を少しでも解決するために、私は何をすればいいのかわからなくなる。だけど匿名のSNSでもいいので私たちの問題について私たちの声が溢れたりしたら、少しでも良い方向に向かうんじゃないかって思っている。他にも良い方法があれば教えて欲しい。

ZINIA Magazineのリニューアル後最初のテーマは「Incubation (孵化)」だ。今まで誰かの言葉を引用するだけで終わっていた私も、これをきっかけに自分の言葉でこの問題について話せるような人に変わりたい。

Hinako

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服の仕事をしながら絵を描いたり写真を撮ったりしています。