『赤毛のアン』が私に教えてくれたこと

小学校低学年の夏休み、母の帰省に同行し、親戚の家に滞在していたときのこと。とても暑い日で、何もすることがなかったので、わたしは従姉妹のお姉さんや母と一緒に、居間のテレビに映る外国の映画に視線を注いでいました。そこに映っていたのは、当時のわたしよりも少し年上のおさげ髪の女の子が、美しい自然に囲まれて生活している様子。今となっては本当かどうかわかりませんが、「この主役の子、まずは三つ編みのおさげが似合わないといけないから、オーディションが大変だったらしいよ」と、隣で一緒に観ていた従姉妹が教えてくれたのを、今でも鮮明に覚えています。私はその夏初めて、その映画を通して『赤毛のアン』というお話を知りました。

『赤毛のアン』の名前は日本でもお馴染みだと思いますが、カナダの女性作家ルーシー・モード・モンゴメリが1908年に発表した小説です。カナダの美しいプリンス・エドワード島を舞台に、孤児院から手違いで引き取られてきた少女アンの物語が描かれています。そのときにわたしが観ていたのは1985年に制作された、ミーガン・フォローズがアンを演じるテレビ映画版。初めて観たそのときからずっと、わたしのなかでの「アン」はミーガン・フォローズの演じる「アン」として映像化されています。

なぜだかわからないけれど、その映画を見て直感的に「好きだ!」と思ったわたしは、生まれて初めて自分から、何かひとつのことについてもっと知りたい、という欲求を掻き立てられました。そして、その映画には原作となった本があるのだと知ると、母に本屋へと連れて行ってもらい、生まれて初めて自分で読みたいと思った本を買ってもらいました。

そのときに買ってもらった『赤毛のアン』は、子供用に簡単に書かれたもので、表紙には私のよく知っている映画版の「アン」の写真が大きく載っていました。今でも読書には人よりも時間がかかるほうだと思いますが、その本を初めて読んだ時は、一言一句もらさぬよう、とても丁寧に読んだのを覚えています。その初めての自主的な読書体験で、私は本を読むことの喜びを知りました。

想像力が豊か過ぎて周りの大人を動揺させるアンに出会って、わたしは本の中に自分の分身を見つけたような気分になりました。初めて恋をした本の中のキャラクターは、後にアンにとって大切な人物となる男の子のギルバートでしたし、初めて本を読んでいて涙を流したのは、アンを孤児院から引き取って一緒に暮らしてくれていたマシュウが亡くなったときでした。

『赤毛のアン』に教えられたことはたくさんあるけれど、「本や映画を通して人物や内容に共感する」という、わたしの今までの人生を豊かにしてくれる基礎となってきたものを教えてくれたことに、本当に感謝したいと思います。

決してなんでも器用にこなせる性格ではなく、失敗もたくさんするアンですが、彼女が常に、確固たる「自分の世界」を持って強く生きる姿は、幼少期から大人になるまで、わたしを何度も励ましてくれました。そして、今でも、映画を見る度、本を読むたび、そしてどこかでその名を聞くたびに、私の心の中の温かい思い出がキラキラと蘇ります。あの夏、偶然にもテレビで放送していた『赤毛のアン』との出会いが、わたしを生まれ変わらせるきっかけになったのだと思います。